風邪をひいた際に「匂いがしない」という症状を経験される方は多いのではないでしょうか。
風邪で匂いがしない症状は、主に鼻粘膜の炎症と腫れによる嗅上皮への影響、鼻づまりによる物理的な障害、ウイルスの嗅覚神経への直接的な作用などが原因とされており、風邪に伴う代表的な症状の一つです。
嗅覚障害により食べ物の味も感じにくくなることが多く、食欲不振や生活の質の低下につながる場合があります。
多くの場合は風邪の回復と共に嗅覚も改善しますが、回復までの期間には個人差があり、数週間から数ヶ月を要する場合もあるとされています。
ただし、嗅覚障害には風邪以外の重要な原因もあるため、症状の特徴や経過を注意深く観察し、必要に応じて専門的な相談を受けることが重要とされています。
風邪で匂いがしない原因とメカニズム
風邪で匂いがしない主な原因は、鼻粘膜の炎症と腫れによる嗅上皮への影響、ウイルスの嗅覚神経への直接的なダメージ、鼻づまりによる物理的な障害などが複合的に作用することで生じるとされています。
鼻粘膜の炎症と腫れによる影響では、風邪ウイルスが鼻腔内の粘膜に感染することで炎症反応が起こり、鼻腔上部にある嗅上皮(匂いを感知する特殊な組織)が腫れや分泌物により覆われることで、匂い分子が嗅覚受容体に到達できなくなるとされています。嗅上皮は鼻腔の天井部分の限られた範囲にあり、わずかな腫れでも機能が大幅に低下する可能性があります。また、炎症により産生される分泌物が嗅上皮を覆うことで、匂い分子の溶解と受容体への結合が阻害される場合もあります。
嗅上皮への直接的なダメージでは、一部のウイルスは嗅覚細胞に直接感染し、これらの細胞を損傷または破壊することで嗅覚障害を引き起こす可能性があるとされています。嗅覚細胞は神経細胞の一種で、一度損傷を受けると再生に時間を要するため、炎症が治まった後も嗅覚障害が持続する場合があります。特に嗅覚受容体や嗅覚神経の軸索に損傷が及んだ場合には、回復により長期間を要する可能性があります。また、支持細胞や基底細胞への影響により、嗅覚細胞の再生過程が阻害される場合もあるとされています。
鼻づまりによる物理的な障害として、風邪による鼻粘膜の腫れや鼻水により鼻腔が狭くなることで、匂い分子を含む空気が嗅上皮まで到達しにくくなる状態があります。これは「伝導性嗅覚障害」と呼ばれ、鼻づまりの程度に応じて嗅覚の低下も変化することが特徴的とされています。鼻をかんだ時や鼻づまりが一時的に改善した時に嗅覚も回復する場合は、主に物理的な障害による影響と考えられます。ただし、完全な鼻閉でなくても、嗅上皮周辺の限局的な腫れにより嗅覚障害が生じる場合もあるとされています。
ウイルスの嗅覚神経への影響では、一部のウイルスは嗅覚神経を通じて中枢神経系に侵入する経路を持ち、この過程で嗅覚経路に損傷を与える可能性があるとされています。嗅球(嗅覚情報を処理する脳の部位)や嗅覚野への影響により、末梢の嗅覚受容体が正常でも匂いを感じることができない「感音性嗅覚障害」が生じる場合があります。また、ウイルス感染により引き起こされる全身の炎症反応が、間接的に嗅覚神経系の機能に影響を与える可能性もあるとされています。
風邪で匂いがしない原因は複合的であり、個人の症状や体質により影響の程度は異なります。
続いて、風邪による嗅覚障害の具体的な症状の特徴について見ていきましょう。
風邪による嗅覚障害の症状と特徴
風邪による嗅覚障害は、軽度の嗅覚低下から完全な嗅覚消失まで様々な程度で現れ、味覚にも影響を与えることが多く、風邪の経過と関連して変化する傾向があるとされています。
嗅覚低下の程度と現れ方では、風邪による嗅覚障害は段階的に現れることが多く、初期には「匂いが薄く感じる」程度から始まり、症状が進行すると「ほとんど匂いがしない」「全く匂いがしない」状態まで様々な程度があるとされています。すべての匂いが同程度に感じにくくなる場合もあれば、特定の種類の匂い(甘い匂い、刺激的な匂いなど)が特に感じにくくなる場合もあります。匂いの強さだけでなく、匂いの質も変化することがあり、普段とは異なる匂いに感じられたり、不快な匂いとして感じられたりする場合もあるとされています。
味覚への影響と関連では、私たちが感じる「味」の多くは実際には嗅覚に依存しているため、嗅覚障害により食べ物の味も大幅に変化することが多いとされています。基本味(甘味、塩味、酸味、苦味、うま味)は舌で感じるため比較的保たれますが、風味や香りが失われることで食べ物が「味気ない」「美味しくない」と感じられるようになります。特に香りの強い食べ物(コーヒー、紅茶、果物、香辛料など)での変化が顕著で、食欲不振や食事の楽しさの喪失につながる場合があります。これにより栄養摂取不足や体重減少を引き起こす可能性もあるとされています。
他の風邪症状との関係では、嗅覚障害は通常、鼻づまり、鼻水、くしゃみなどの鼻症状と同時期に現れることが多いとされています。発熱やのどの痛みなどの全身症状がピークの時期に嗅覚障害も最も強くなる傾向があります。ただし、他の風邪症状が改善した後も嗅覚障害だけが持続する場合も多く、この場合は嗅覚神経や嗅上皮への直接的な損傷が関与している可能性があります。鼻づまりの程度と嗅覚障害の程度は必ずしも比例せず、軽度の鼻づまりでも高度の嗅覚障害が生じる場合があることも特徴的とされています。
回復までの期間と経過として、風邪による嗅覚障害の回復期間は個人差が大きく、数日から数週間で回復する場合もあれば、数ヶ月から1年以上かかる場合もあるとされています。鼻づまりによる物理的な障害が主原因の場合は、鼻症状の改善と共に比較的早期に回復することが多いとされています。一方、嗅覚神経や嗅上皮への直接的な損傷が関与している場合は、回復により長期間を要する傾向があります。回復過程では、匂いの感度が徐々に改善したり、特定の匂いから先に感じるようになったりと、段階的な改善を示すことが一般的とされています。
風邪による嗅覚障害の症状には特徴的なパターンがありますが、適切な対処により回復を促進できる可能性があります。
次に、風邪で匂いがしない時の具体的な対処法について説明いたします。
風邪で匂いがしない時の対処法と注意点
風邪で匂いがしない時の対処法として、基本的な風邪の治療と合わせて、鼻腔の保湿と清潔維持、嗅覚刺激の適度な実施、日常生活での安全対策を行うことが重要とされています。
基本的なケアと環境改善では、鼻腔内の保湿が嗅覚回復に重要な役割を果たすとされています。加湿器の使用により室内湿度を50〜60%に保ち、鼻粘膜の乾燥を防ぐことが効果的です。生理食塩水や専用の鼻洗浄液による鼻うがいにより、鼻腔内の分泌物や炎症物質を除去し、嗅上皮への刺激を軽減できる可能性があります。温かい蒸気の吸入(蒸しタオル、温かいシャワーの蒸気など)も鼻腔の血行促進と保湿に効果的とされています。ただし、過度の刺激は炎症を悪化させる可能性があるため、優しく行うことが重要です。
嗅覚回復を促す方法として、「嗅覚トレーニング」と呼ばれる方法が有効とされる場合があります。これは、レモン、ローズ、ユーカリ、クローブなどの特徴的な匂いを1日2回、各15秒程度意識的に嗅ぐことで、嗅覚神経の回復を促進する方法です。ただし、完全に嗅覚が失われている急性期には効果が限定的で、ある程度回復してきた段階で実施することが推奨されます。また、匂いを嗅ぐ際には、その匂いについて記憶や感情と関連付けて考えることで、嗅覚経路の再活性化を促す効果があるとされています。
日常生活での安全対策では、嗅覚障害により危険な匂い(ガス漏れ、煙、腐敗した食品など)を感知できなくなるため、安全対策が重要とされています。ガス器具の使用時には視覚的な確認を徹底し、ガス検知器の設置も検討することが推奨されます。食品の安全性については、消費期限や保存状態を視覚的に確認し、疑わしい食品は摂取を避けることが重要です。煙やガスを扱う作業環境では、他の感覚(視覚、聴覚)や機器による監視を活用することが効果的とされています。
避けるべき行動と注意事項として、強い香料や刺激的な匂い(香水、芳香剤、化学物質など)への過度の暴露は、炎症を悪化させる可能性があるため避けることが推奨されます。喫煙や受動喫煙は嗅覚回復を大幅に遅らせる可能性があるため、完全に避けることが重要です。点鼻薬の長期使用は鼻粘膜の機能をさらに低下させる可能性があるため、医師の指導なしに継続使用することは避けるべきとされています。また、嗅覚が戻らないことを過度に心配するストレスは、回復を妨げる可能性があるため、適度な気分転換とリラクゼーションも重要とされています。
風邪による嗅覚障害への対処法は個人の症状や回復段階により効果が異なるため、適切な方法を継続することが重要です。
続いて、風邪で匂いがしない症状で考えられる風邪以外の原因について見ていきましょう。
風邪で匂いがしない症状で考えられる風邪以外の原因
風邪で匂いがしない症状は風邪以外にも多様な原因があり、特にアレルギー性疾患、感染症、神経系疾患、薬剤による影響などを適切に鑑別することが重要とされています。
アレルギー性鼻炎・副鼻腔炎では、花粉、ハウスダスト、ペットのフケなどのアレルゲンによる慢性的な鼻粘膜の炎症により、持続的な嗅覚障害が生じる場合があります。アレルギー性鼻炎では季節性の変化、特定の環境での症状悪化、くしゃみや目のかゆみを伴うことが特徴的とされています。慢性副鼻腔炎では鼻茸(鼻ポリープ)の形成により物理的に嗅上皮への空気の流れが阻害されたり、慢性的な炎症により嗅覚細胞が損傷されたりすることで、高度の嗅覚障害が生じる可能性があります。これらの疾患では風邪とは関係なく症状が持続し、適切な治療により改善が期待できるとされています。
新型コロナウイルス感染症では、嗅覚・味覚障害が特徴的な症状の一つとして知られており、風邪様症状と区別が重要とされています。新型コロナウイルスによる嗅覚障害は、鼻づまりがないにも関わらず突然に高度の嗅覚障害が生じることが特徴的で、嗅覚支持細胞への直接的な感染が原因と考えられています。発熱、咳、のどの痛みなどの症状を伴う場合もあれば、嗅覚・味覚障害のみが現れる場合もあるため、PCR検査や抗原検査による確定診断が重要です。新型コロナウイルスによる嗅覚障害は数週間から数ヶ月続く場合があり、専門的な治療とフォローアップが必要とされています。
神経性嗅覚障害として、頭部外傷、脳腫瘍、神経変性疾患(パーキンソン病、アルツハイマー病など)、てんかんなどの中枢神経系疾患により嗅覚障害が生じる場合があります。頭部外傷では嗅覚神経の断裂により突然の嗅覚消失が起こることがあり、受傷直後から症状が現れることが特徴的とされています。神経変性疾患では嗅覚障害が初期症状として現れることもあり、記憶障害、運動障害、認知機能の変化などの他の神経症状の有無を確認することが重要です。これらの疾患による嗅覚障害は通常両側性で、回復が困難な場合が多いとされています。
その他の疾患や薬剤による影響では、甲状腺機能低下症、糖尿病、腎不全、肝疾患などの全身疾患で嗅覚障害が生じる場合があります。薬剤性嗅覚障害として、抗生物質、抗がん剤、降圧薬、抗うつ薬、点鼻薬などの副作用により嗅覚機能が低下する場合があり、薬剤の服用開始と症状出現の時間的関連を確認することが重要です。加齢による嗅覚機能の自然な低下も重要な要因の一つで、60歳以降では嗅覚の感度が徐々に低下することが知られています。また、喫煙は嗅覚機能を著しく低下させる要因の一つであり、禁煙により改善が期待できる場合があるとされています。
匂いがしない症状の原因は多岐にわたるため、症状の特徴や経過を詳しく観察し、風邪以外の可能性も考慮した評価が重要です。
最後に、医療機関を受診すべきタイミングについて説明いたします。
風邪による嗅覚障害で医療機関を受診すべき場合
風邪による嗅覚障害で医療機関への相談を検討すべきタイミングとして、症状の持続期間、重症度、他の症状の有無を総合的に判断し、適切な時期に受診することが重要とされています。
長期間改善しない場合の対応では、風邪の他の症状が改善してから4週間以上嗅覚障害が続く場合には、専門的な評価が推奨されます。通常の風邪による嗅覚障害は2〜4週間程度で改善することが多いため、それを超えて症状が持続する場合には他の原因の可能性も考慮する必要があります。3ヶ月以上続く慢性的な嗅覚障害では、詳細な検査による原因の特定と専門的な治療が必要とされる場合があります。また、症状が全く改善しない、または悪化している場合には、早期の専門医受診が推奨されます。
完全に匂いがしない場合の注意点として、高度の嗅覚障害(完全な嗅覚消失)が数日以上続く場合には、日常生活の安全面への配慮と専門的な治療の両方が重要とされています。ガス漏れや火災の早期発見ができない、食品の腐敗を感知できないなどの安全上のリスクがあるため、生活環境の安全対策について専門的な指導を受けることが推奨されます。また、完全な嗅覚消失は回復により長期間を要する可能性が高いため、早期からの専門的な治療とリハビリテーションが重要とされています。
他の症状を伴う場合の判断では、嗅覚障害に加えて発熱の持続、激しい頭痛、視覚異常、聴覚異常、顔面の麻痺、記憶障害、意識障害などの神経症状が現れた場合には、中枢神経系の疾患の可能性があるため緊急性の高い状態とされています。また、嗅覚障害と同時に味覚も完全に失われた場合、血尿や蛋白尿などの腎症状、甲状腺腫大や体重変化などの内分泌症状を伴う場合にも、全身疾患の可能性を考慮した検査が必要とされる場合があります。
専門医への相談のタイミングについて、耳鼻咽喉科は嗅覚障害の専門的な診断と治療を行う第一選択の診療科とされています。嗅覚検査、鼻腔内視鏡検査、CT検査などにより原因の特定と治療方針の決定が可能です。神経症状を伴う場合には神経内科、全身疾患が疑われる場合には内科での評価も必要とされる場合があります。新型コロナウイルス感染症が疑われる場合には、まず検査による確定診断を受け、その後に症状に応じた専門科への相談を行うことが推奨されます。心理的なサポートが必要な場合には、精神科や心療内科での相談も有効とされています。
風邪による嗅覚障害についての判断や対処法には個人差があり、適切な対応についてはご相談ください。早期の適切な診断と治療により、嗅覚機能の回復と生活の質の改善が期待できる場合があります。
※本記事の内容は一般的な情報提供を目的としており、個別の診断や治療に代わるものではありません。症状や治療に関するご相談は、医療機関にご相談ください。
監修医師

略歴
2014年10月 | 神戸大学博士課程入学 |
2019年3月 | 博士課程卒業医師免許取得 |
2019年4月 | 赤穂市民病院 |
2021年4月 | 亀田総合病院 |
2022年1月 | 新宿アイランド内科クリニック院長 |
2023年2月 | いずみホームケアクリニック |