アトピー性皮膚炎のケアについて調べていると、保湿しない方がいいという情報を目にすることがあるかもしれません。
「脱保湿で良くなった」という体験談を見て、自分もやめた方がいいのではないかと迷われることもあるでしょう。
毎日のスキンケアが負担に感じられたり、クリームを塗っても改善しないと感じたりすることもあるかもしれません。
アトピー性皮膚炎の治療において、保湿しないという選択は正しいのか、疑問を持たれる方もいらっしゃるでしょう。
様々な情報がある中で、スキンケアについての正しい理解を持つことは、適切な治療を行う上で重要とされています。
アトピー性皮膚炎に保湿は必要なの?
アトピー性皮膚炎において保湿は基本的かつ重要なケアであり、皮膚のバリア機能を補い、症状の改善や予防に役立つとされています。
保湿の重要性と医学的根拠
アトピー性皮膚炎の標準的な治療ガイドラインでは、保湿剤によるスキンケアが治療の基本として位置づけられています。日本皮膚科学会のガイドラインをはじめ、世界各国のガイドラインでも、保湿は推奨されている治療法です。
複数の研究により、適切な保湿を継続することで、アトピー性皮膚炎の症状が改善すること、ステロイド外用薬の使用量を減らせる可能性があること、症状の再発を予防できる可能性があることなどが示されています。
新生児期から保湿剤を使用することで、アトピー性皮膚炎の発症リスクを低減できる可能性を示唆する研究もあります。
バリア機能と保湿の関係
アトピー性皮膚炎の皮膚では、バリア機能が低下しています。皮膚の最外層である角質層は、外部からの刺激やアレルゲンの侵入を防ぎ、体内の水分の蒸発を防ぐ役割を持っていますが、アトピー性皮膚炎ではこの機能が十分に働いていません。
バリア機能の低下には、セラミドなどの角質細胞間脂質の減少、天然保湿因子(NMF)の減少、フィラグリンというタンパク質の遺伝子変異などが関与しています。
保湿剤は、このバリア機能を補う役割を果たします。皮膚の表面に保護膜を作り、水分の蒸発を防ぎ、外部からの刺激を軽減することで、皮膚の状態を改善します。
標準治療における保湿の位置づけ
アトピー性皮膚炎の標準治療は、保湿剤によるスキンケア、ステロイド外用薬などによる炎症のコントロール、悪化因子の除去という三本柱で構成されています。保湿は、この中で最も基本的なケアとして位置づけられています。
保湿は、症状がある時だけでなく、症状が落ち着いている時も継続することが推奨されます。継続的な保湿により、皮膚のバリア機能を維持し、症状の再発を予防することが期待できます。
保湿しないとどうなるのか
保湿をしない場合、アトピー性皮膚炎の皮膚はさらに乾燥し、バリア機能が低下します。これにより、外部からのアレルゲンや刺激物質が侵入しやすくなり、炎症が起こりやすくなります。
乾燥はかゆみの大きな原因でもあるため、保湿をしないとかゆみが増強し、掻破による症状悪化の悪循環に陥りやすくなります。
このように、アトピー性皮膚炎において保湿は医学的根拠に基づいた重要なケアであり、バリア機能を補い症状の改善に役立つとされています。
続いて、「アトピーに保湿しない方がいい」という説について見ていきましょう。
「アトピーに保湿しない方がいい」という説について
「アトピーに保湿しない方がいい」という説は、一部で主張されていますが、現時点では科学的根拠が十分ではなく、標準治療とは異なる考え方とされています。
脱保湿という考え方の背景
「脱保湿」とは、保湿剤の使用をやめることでアトピー性皮膚炎が改善するという考え方です。「脱ステロイド」と併せて主張されることもあります。
この考え方の背景には、保湿剤に依存することで皮膚本来の保湿機能が低下するという仮説、保湿剤に含まれる成分が皮膚に悪影響を与えているという考え、標準治療への不信感や不満などがあるとされています。
一部の方が「保湿をやめたら良くなった」という体験を報告しており、それがインターネットなどで広まっていることも、この説が注目される一因となっています。
なぜそのような説が生まれたのか
保湿をやめて症状が改善したと感じるケースには、いくつかの可能性が考えられます。
使用していた保湿剤が肌に合っておらず、その保湿剤自体が刺激になっていた場合、保湿剤を変更または中止することで症状が改善することがあります。これは「保湿が悪い」のではなく、「その保湿剤が合わなかった」ということです。
また、アトピー性皮膚炎の症状は、自然に良くなったり悪くなったりを繰り返すことがあります。たまたま保湿をやめた時期と症状が改善する時期が重なり、因果関係があると誤解されることもあり得ます。
さらに、保湿剤の塗りすぎや、塗り方が不適切だったために、かえって皮膚に負担がかかっていた可能性もあります。
科学的根拠の有無
「保湿しない方がアトピー性皮膚炎が改善する」ということを示す、信頼性の高い科学的研究は現時点では存在しません。一方で、保湿の有効性を示す研究は多数あります。
個人の体験談は、その方にとっては事実であっても、他の方に当てはまるとは限りません。また、体験談だけでは、他の要因(季節の変化、食事の変化、ストレスの軽減など)の影響を排除することができません。
科学的な研究では、多くの参加者を対象に、他の要因をコントロールしながら効果を検証します。保湿の有効性は、このような方法で確認されています。
標準治療との違い
「脱保湿」は、日本皮膚科学会をはじめとする学会のガイドラインでは推奨されていません。むしろ、適切な保湿を継続することが推奨されています。
標準治療は、多くの研究と臨床経験に基づいて確立されたものであり、多くの患者さんに効果があることが確認されています。標準治療を受けずに代替療法のみに頼ることには、リスクが伴う可能性があります。
ただし、患者さんが標準治療に不満や疑問を持つ背景には、治療がうまくいかない経験、副作用への不安、医療者とのコミュニケーション不足などがある場合もあります。これらの問題に対処することも重要です。
このように、「保湿しない方がいい」という説は現時点では科学的根拠が十分ではなく、標準治療では保湿が推奨されているということを理解することが重要とされています。
次に、保湿しないことで起こりうるリスクと影響について説明いたします。
保湿しないことで起こりうるリスクと影響
アトピー性皮膚炎で保湿しないことを続けると、皮膚の乾燥悪化、バリア機能の低下、かゆみの増強など、様々なリスクが生じる可能性があります。
皮膚の乾燥悪化
保湿をしないと、皮膚からの水分蒸発が進み、乾燥が悪化します。アトピー性皮膚炎の皮膚は、もともと水分を保持する能力が低下しているため、保湿をしないとさらに乾燥が進みやすい状態にあります。
乾燥した皮膚は、白っぽくカサカサになり、ひび割れが起こることもあります。見た目の問題だけでなく、皮膚の機能にも影響を与えます。
バリア機能のさらなる低下
保湿をしないことで皮膚が乾燥すると、バリア機能がさらに低下します。角質層の構造が乱れ、外部からの刺激やアレルゲンが侵入しやすくなります。
バリア機能が低下すると、ダニ、ほこり、花粉、細菌などが皮膚に入り込みやすくなり、免疫反応が引き起こされて炎症が悪化する可能性があります。
また、化粧品やシャンプー、衣類の繊維など、日常的な刺激に対しても敏感になり、かぶれやすくなることがあります。
かゆみの増強と掻破の悪循環
乾燥はかゆみの大きな原因です。保湿をしないと乾燥が進み、かゆみが強くなります。かゆみが強くなると、掻いてしまう頻度が増え、掻破により皮膚が傷つきます。
掻破により皮膚のバリア機能がさらに低下し、乾燥と炎症が悪化し、さらにかゆくなるという悪循環に陥ります。この悪循環を断ち切るためにも、保湿によるケアが重要です。
炎症の悪化
バリア機能が低下した皮膚では、炎症が起こりやすくなります。保湿をしないことで、アトピー性皮膚炎の炎症が悪化し、赤み、腫れ、滲出液などの症状が強くなる可能性があります。
炎症が悪化すると、ステロイド外用薬などの抗炎症薬の使用量や強さを増やす必要が出てくることがあります。適切な保湿を続けていれば、炎症を抑えやすく、結果的に外用薬の使用量を減らせる可能性があります。
感染リスクの上昇
バリア機能が低下し、掻破により皮膚に傷がある状態では、細菌や真菌、ウイルスなどが侵入しやすくなり、感染症を起こすリスクが高まります。
黄色ブドウ球菌による感染、とびひ(伝染性膿痂疹)、カポジ水痘様発疹症(単純ヘルペスウイルスによる)などが、アトピー性皮膚炎に合併しやすい感染症として知られています。
感染症を起こすと、アトピー性皮膚炎の治療に加えて、感染症の治療も必要となり、管理がより複雑になります。
このように、保湿しないことで皮膚の乾燥悪化、バリア機能低下、かゆみ増強、炎症悪化、感染リスク上昇など、様々なリスクが生じる可能性があるとされています。
続いて、保湿が合わないと感じる場合の原因と対処法について見ていきましょう。
保湿が合わないと感じる場合の原因と対処法
保湿剤を使用して症状が悪化したと感じる場合、保湿剤の成分や塗り方に問題がある可能性があり、保湿をやめるのではなく適切な対処を行うことが重要です。
保湿剤の成分が合わない場合
保湿剤に含まれる成分が肌に合わず、かぶれ(接触性皮膚炎)を起こしている可能性があります。保湿剤には、防腐剤、香料、着色料、乳化剤など、様々な添加物が含まれていることがあり、これらに対してアレルギー反応を起こす方もいます。
特定の保湿剤を使用した後に、赤み、かゆみ、ぶつぶつなどの症状が出る場合は、その製品が合っていない可能性があります。別の製品に変更することで、問題が解決することがあります。
ワセリンのような添加物がほとんど含まれていない製品は、アレルギーを起こしにくいとされています。敏感肌用や低刺激性と表示されている製品も選択肢になります。
塗り方や量の問題
保湿剤の塗り方や量が適切でない場合も、効果が得られなかったり、かえって刺激になったりすることがあります。
塗る量が少なすぎると、十分な保湿効果が得られません。逆に、塗りすぎると、べたつきが不快だったり、毛穴を詰まらせたりすることがあります。
塗る際にこすりすぎると、皮膚への刺激となります。優しく押さえるように塗ることが推奨されます。
保湿剤の種類の選び方
保湿剤には、軟膏、クリーム、ローション、ジェルなど様々な剤形があり、それぞれ特徴が異なります。
軟膏は保湿効果が高いですが、べたつきが気になることがあります。クリームは使用感が良いですが、添加物が多いことがあります。ローションはさっぱりとした使用感ですが、保湿効果は軟膏より劣ることがあります。
皮膚の状態、季節、部位、好みに応じて、適切な剤形を選ぶことが大切です。医師や薬剤師に相談して、自分に合った製品を見つけることが推奨されます。
季節や状態に応じた使い分け
同じ保湿剤でも、季節や皮膚の状態によって効果の感じ方が異なることがあります。
冬場の乾燥した時期には、保湿効果の高い軟膏タイプが適していることが多いです。夏場はべたつきにくいローションタイプが使いやすいかもしれません。
炎症が強い時期と落ち着いている時期で、使用する製品を変える必要がある場合もあります。炎症が強い時には、低刺激性の製品を選ぶことが重要です。
医師への相談の重要性
保湿剤を使用して症状が悪化したと感じる場合、自己判断で保湿をやめるのではなく、医師に相談することが重要です。
医師は、症状を評価し、保湿剤が合っていないのか、塗り方に問題があるのか、他の原因があるのかを判断することができます。必要に応じて、別の保湿剤を処方したり、塗り方を指導したりすることができます。
「保湿剤を塗ると悪化する気がする」と感じることを率直に伝えることで、より適切な対応を受けることができます。
このように、保湿が合わないと感じる場合は、成分や塗り方の問題である可能性があり、保湿をやめるのではなく適切な製品への変更や方法の見直しを行うことが重要とされています。
次に、アトピー性皮膚炎における正しい保湿の方法について説明いたします。
アトピー性皮膚炎における正しい保湿の方法
アトピー性皮膚炎の保湿は、適切な保湿剤を選び、正しいタイミングと方法で塗布することで、効果を最大限に発揮することができます。
保湿剤の種類と特徴
保湿剤には、主に三つのタイプがあります。
エモリエント(油性成分)は、皮膚の表面に油膜を作り、水分の蒸発を防ぎます。ワセリン、プロペトなどが代表的です。保湿効果は高いですが、べたつきがあります。
ヒューメクタント(吸湿性成分)は、水分を引き寄せて保持する働きがあります。ヘパリン類似物質、尿素、グリセリンなどが含まれます。ヘパリン類似物質は、アトピー性皮膚炎によく処方される保湿剤です。
セラミドなどの角質細胞間脂質を補う保湿剤もあります。皮膚のバリア機能を直接補う効果が期待できます。
適切な塗り方とタイミング
保湿剤は、皮膚が清潔で、水分を含んでいる状態で塗ると効果的です。入浴後や洗顔後が最適なタイミングです。
塗る量は、人差し指の先端から第一関節までの量(約0.5g)で、手のひら2枚分の面積をカバーできるとされています。これを目安に、十分な量を塗布することが大切です。
塗り方は、こすらずに優しく押さえるように塗ります。皮膚のシワに沿って、同じ方向に塗ると、刺激を最小限に抑えられます。
入浴後のケア
入浴後は、皮膚が水分を含んでいますが、その水分は急速に蒸発します。入浴後5分以内、できれば3分以内に保湿剤を塗布することで、水分を閉じ込めることができます。
タオルで水分を拭き取る際は、ゴシゴシこすらず、押さえるように優しく拭くことが大切です。その後、すぐに保湿剤を全身に塗布します。
冬場など乾燥が強い時期は、入浴前に浴室を温めておき、入浴後はできるだけ早くケアを済ませることで、乾燥を防ぐことができます。
1日の塗布回数
保湿剤は、1日1回ではなく、1日2回以上塗布することが推奨されます。朝と入浴後の2回を基本とし、乾燥を感じたら日中にも塗り直すとより効果的です。
手洗いや水仕事の後は、手の保湿剤が流れてしまうため、その都度塗り直すことが推奨されます。ハンドクリームを持ち歩き、こまめに塗る習慣をつけることが大切です。
外用薬との併用
医師からステロイド外用薬などが処方されている場合、保湿剤との併用が一般的です。塗布する順番については、医師の指示に従うことが重要です。
一般的には、保湿剤を先に塗り、その後に外用薬を塗る方法と、外用薬を先に塗り、その後に保湿剤を塗る方法があります。どちらが適切かは、使用する薬剤や皮膚の状態によって異なります。
保湿剤と外用薬を適切に併用することで、炎症のコントロールと皮膚のバリア機能の維持の両方を達成することができます。
このように、アトピー性皮膚炎の保湿は、適切な製品を選び、正しいタイミングと方法で塗布し、外用薬と併用することで、効果を最大限に発揮できるとされています。
最後に、保湿について迷った時に医療機関を受診すべきタイミングについて説明いたします。
保湿について迷った時に医療機関を受診すべきタイミング
保湿剤の使用で症状が悪化すると感じる場合や、適切な保湿剤が分からない場合は、自己判断で保湿をやめるのではなく、医療機関に相談することが重要です。
保湿で症状が悪化すると感じる場合
保湿剤を塗った後に、赤みが増す、かゆみが強くなる、ぶつぶつができるなどの症状が出る場合は、医療機関への相談が推奨されます。
このような症状は、保湿剤の成分に対するアレルギー反応(接触性皮膚炎)の可能性があります。医師は、原因となる成分を特定し、その成分を含まない代替製品を提案することができます。
必要に応じて、パッチテストを行い、どの成分に反応しているかを調べることも可能です。
適切な保湿剤が分からない場合
市販の保湿剤は非常に多くの種類があり、どれを選べばよいか分からないという方も多いでしょう。また、処方薬の保湿剤にも複数の種類があります。
医師や薬剤師に相談することで、皮膚の状態、症状の程度、季節、生活スタイルなどを考慮した上で、適切な保湿剤を提案してもらうことができます。
使用感の好みも重要な要素です。べたつきが苦手、香りが気になるなど、好みを伝えることで、継続しやすい製品を選ぶことができます。
自己判断のリスク
「保湿をやめた方がいい」というインターネット上の情報を見て、自己判断で保湿をやめることにはリスクがあります。
保湿をやめることで、症状が悪化し、治療がより困難になる可能性があります。また、悪化した症状をコントロールするために、より強い外用薬が必要になることもあります。
代替療法や民間療法を試す場合も、医師に相談した上で行うことが推奨されます。標準治療を完全にやめてしまうことには、リスクが伴います。
標準治療の重要性
アトピー性皮膚炎の標準治療は、多くの研究と臨床経験に基づいて確立されたものです。保湿は、その中で基本的かつ重要なケアとして位置づけられています。
標準治療がうまくいかないと感じる場合でも、治療を自己中断するのではなく、医師と相談しながら治療内容を調整していくことが大切です。外用薬の種類や強さの変更、塗り方の見直し、新しい治療法の検討など、様々な選択肢があります。
近年は、生物学的製剤やJAK阻害薬など、新しい治療薬も使用できるようになっています。従来の治療で十分な効果が得られない場合は、これらの治療について相談することも可能です。
医師と良好なコミュニケーションを取り、疑問や不安を率直に伝えることで、自分に合った治療を見つけることができます。保湿について迷った時も、遠慮せずに相談することが大切です。
このように、保湿で症状が悪化すると感じる場合や、適切な保湿剤が分からない場合は、自己判断で保湿をやめるのではなく、医療機関に相談して適切な対応を受けることが重要とされています。
※本記事の内容は一般的な情報提供を目的としており、個別の診断や治療に代わるものではありません。症状や治療に関するご相談は、医療機関にご相談ください。
監修医師

略歴
| 2014年10月 | 神戸大学博士課程入学 |
| 2019年3月 | 博士課程卒業医師免許取得 |
| 2019年4月 | 赤穂市民病院 |
| 2021年4月 | 亀田総合病院 |
| 2022年1月 | 新宿アイランド内科クリニック院長 |
| 2023年2月 | いずみホームケアクリニック |




